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『私ときどきレッサーパンダ』感想レビュー 13歳少女の変化と受け入れることについて

『私ときどきレッサーパンダ』感想 13歳少女の変化と受け入れることについて

こんにちは。4月からは月に1回はブログ投稿しよう!と心に決めていたにも関わらずこの有様のめぐみ(megumi_no)です。

今回は映画館でずっと予告を打っていたのに、Disney⁺での配信オンリーに切り替わってしまった『私ときどきレッサーパンダ』についてレビューしていこうと思います。

私は『私ときどきレッサーパンダ』の予告を観た時点で、すっごい可愛いキャラクターだ!と思って観る気満々だったんです。
それが、Disney⁺での配信になって……。
加入していなかったのでNetflixを解約する代わりに、Disney⁺に1カ月だけ加入することにしました。
元をとろうという意地汚い心と、『私ときどきレッサーパンダ』が大好きすぎるのが合わさってもう4回以上は繰り返し鑑賞しています(笑)

私ときどきレッサーパンダ』については13歳の少女に起きる変化についてフォーカスしてレビューしていきます。

なるべくネタバレは避ける方向で書いていますが、未見の方はお気を付けください。

目次

『私ときどきレッサーパンダ』あらすじ

私ときどきレッサーパンダ』のキャッチコピーは“きっと明日は自分を好きになる。”です。
思春期の子供たちから大人まで多くの人に刺さるテーマではないでしょうか?
一応子供向けっぽく作られてはいるみたいなので、あらすじ的には「なんでレッサーパンダになっちゃうの?」みたいな謎要素も残しつつ興味を引くように作られているようです。

あらすじ

舞台は1990年代のカナダ・トロントのチャイナタウン。そこに暮らすメイは伝統を重んじる家庭に生まれ、両親を敬い、母親の期待に応えようと頑張る13歳の女の子。
でも一方で、親には理解されないアイドルや流行りの音楽も大好き。恋をしたり、友達とハメを外して遊んだり、やりたいことがたくさんある側面も持っていた。そんな、母親の前ではいつも “マジメで頑張り屋”のメイは、ある出来事をきっかけに本当の自分を見失い、感情をコントロールできなくなってしまう。悩み込んだまま眠りについたメイが翌朝に目を覚ますと…なんと、レッサーパンダになってしまった!
この突然の変身に隠された、メイも知らない驚きの〈秘密〉とは?一体どうすれば、メイは元の人間の姿に戻ることができるのか?ありのままの自分を受け入れてくれる友人。メイを愛しているのに、その思いがうまく伝わらずお互いの心がすれ違う母親。様々な人との関係を通してメイが見つけた、本当の自分とは――。

引用元:Disney⁺『私ときどきレッサーパンダ』

Disney⁺公式のあらすじで殆どストーリーは網羅されてますね。
このあらすじをみても分かるように、主人公は中国系アメリカ人の13歳の女の子メイです。
私たち日本人からすると同じアジア系というだけでも少し身近に感じますよね。

ストーリーの軸は二つ。

1.なぜレッサーパンダに変身する体質になってしまったのか
2.親と友達それぞれとの関係

このブログでは1について触れません。
主に2の親と友達それぞれとの関係について、そしてメイ自身の変化について触れていきます。

『私ときどきレッサーパンダ』感想

私ときどきレッサーパンダ』を映画館の予告で観たとき、一部の人は「キャラものっぽいし子供向けのアニメーションだな」とあまり観る気が起きなかったかもしれません。
ちなみに私は『私ときどきレッサーパンダ』の予告でレッサーパンダになったメイが動いているのを観た瞬間に「なにこの可愛い生き物!!!!もふもふ!!!!絶対観たい!!!」と思ってました。

なんといってもキャラクターが本当に可愛い。愛おしい。
そして誰しもが通ってきた「13歳」という年齢。
13歳というのは男女どちらにとっても微妙な時期ですよね。
その微妙な時期の自我の暴発を『私ときどきレッサーパンダ』ではレッサーパンダになる”ということであらわしているわけです。
そしてレッサーパンダになることに対して友達と親ではスタンスが真逆なのも面白いところ。
もうたっくさん語りたいことはありますが、以下の3点について私が感じたことや考えたこと書いていきます。

1.キャラクターの愛らしさ
2.レッサーパンダがあらわすもの
3.13歳女子にとっての親と友達との関係

キャラクターの愛らしさ

ポスターをみても、もふもふのレッサーパンダは可愛いですが、動くとポヨンポヨンしててもっと可愛い!!!
そして、なぜか人間もちょっとかわいい。
なんでこんなかわいいのかなーと思ったらキャラクター造形とモーションの着想に理由があったんです。
後ほど少し触れますがスタッフたちの制作ドキュメンタリーがDisney⁺で公開されていて、そこでこれらについて触れられていました。

例えば『アナと雪の女王』なんかはキャラもののオラフは確かに可愛いかもしれませんが若干のリアルさを持っていますし、アナやエルサはかわいいというより綺麗ですよね。
今回主人公は王女様でもなんでもない、中国系の少女です。
監督のドミー・シーも中国系アメリカ人
自分のことを思い返したとき、(これは若干自虐的ではありますが)鼻はそんなに高くないし、手足もすらっと細いというよりは足首なんかはずんぐりしてる。と思ったと。
何なら顔にほくろだってあるし、全然完璧でもない。
そういう自分たちの要素をメイに付与したんです。

だから若干手足がずんぐりむっくりしてぽちゃっとしている。

そして、表情や動きは日本のアニメを意識したとのこと!!!!
監督のドミー・シーは日本の漫画やアニメが大好きで家に高橋留美子作品のポスターが飾ってあるほどです。
だから『美少女戦士セーラームーン』みたいな少女漫画のキラキラおめめでおねだりするシーンや、『らんま1/2』さながらに人間がレッサーパンダになったり、壁に挟まれてコミカルに動いたりするわけです。
通りで親近感があるというか受け入れやすいわけですよね。

ちなみに私が一番好きなモーションはパーティシーンで端っこにいる人をしっぽで囲ってつれてくるところ。
あと、予告でもありましたがブラシでほっぺたを撫でて落ち着こうとするところ!!!
もう、可愛いところが多すぎて書ききれません(笑)

あと個人的に感じたのは、ボケの間がるーみっく作品ぽいなということ。
観た人は分かるとおもうんですが、トイレに入ったレッサーパンダのメイが、たまたまトイレに入っていて出てきた少女と鉢合わせするシーン。
あそこで目が合って女の子が驚くところから、メイが手で女の子の顔を押してトイレに押し戻す。という動きの間の使い方がるーみっくっぽいというか、日本のギャグマンガにありそうなんです。
これから観る人はそんなところも注目して観てみてくださいね!!!

そしてTwitterで是非皆さんのお気に入りの可愛いシーン教えてください。

レッサーパンダがあらわすもの

話の肝でもある”レッサーパンダに変身する“ということですが、これは二つのことを意味していると思います。
まず1つは自我の暴発(発現)、そしてもう1つは二次性徴です。
13歳というのは精神も肉体もそれぞれ大人に近づいていこうという時期ですから。
それでは、それぞれについてそう思う理由についても触れていきます。

自我の暴発

レッサーパンダになったきっかけはメイが母親に超個人的な落書きをみられて介入されたことです。
家に帰ってきてからのメイは転げまわったり、頭を打ち付けたり、枕に顔を押し付けて絶叫したり……。
恥ずかしいやら、悔しいやら、むかつくやらで感情がぐちゃぐちゃ。
そんな自分を制御しようと、こんなことはお終いにしていいこにしなきゃと自分に言い聞かせます。

メイが今までにないくらい感情を爆発させたことがきっかけでレッサーパンダになるのです。
暴発と書きましたが、これは最初はメイが自分の感情を制御できなかったから。
そして、自分の感情や思考に自分で戸惑っていたからです。
今までは親の言う通りいい子でいることを目指して頑張っていたメイが、親の望む自分ではない自分がいる、もっと言うなら自分でも戸惑いを覚えるくらい大胆で自由な思考を持った自分がいることに気づき戸惑っているのです。

13歳というのは自分が子供ではないと良い意味でも悪い意味でも自覚する時期なのです。

二次性徴

レッサーパンダになったメイは自分の体(姿)に戸惑います
まあ、そもそもレッサーパンダなんて人間ですらないから当たり前ですが(笑)

大きいし、毛むくじゃらになっているし、なんかお腹は出てるし、脇は臭い。
メイ自身そう思っていることは言動で伝わってきます。
この変化の特徴は、当たり前ですが全部肉体に関わることです。
身長は伸びて、毛が生えてきて、脂肪がつきやすくなり、体臭がしてくる。
これは二次性徴に見事に当てはまります。

極め付きはメイの母親の行動です。
母親はメイに初潮がきたと勘違いします。
つまり、メイはまだ初潮を迎えていない、身体的な変化はこれからの13歳少女である。ということですね。

突然の体の変化に戸惑い、そんな新しい体の自分は嫌だとメイは嘆くのです。
まあ、誰だって毛が生えて、脂肪が増えて、臭くなるのを喜ぶ人はいません。
生理にだってならずにいられるなら、いらない。と思いますからね。
きっと女性なら、このメイの気持ちにとても共感するのではないでしょうか。

13歳女子にとっての親と友達との関係

ある日突然レッサーパンダに変身してしまうようになったメイ。
そんなメイに対して母親と友達とでは全く反応が違います。

それは親と友達という立場上の違いもありますし、13歳のメイからみた主観も少しは入っているのではないでしょうか。
メイにとっての母親、メイにとっての友達というのは、13歳のときの自分を思い浮かべたときに少なからず一致するところが多いように思います。

母親は戸惑うメイに対して、今まで以上に心配し干渉してこようとします。
また、レッサーパンダを悪いものとして封印することを提案します。

最初は母親のことを尊敬し、いうことを大人しくきこうとしていたメイでしたがレッサーパンダになってからは、そんな母親が自分を抑圧して監視してくるような気がして嫌になってくるのです。
親に嘘をついて遊びにいったり、”いい子”のふりをするようになります。
だってそれが新しい自分だから。

勿論、反応は違えどメイのことが大好きで心配なのは母親も友達も一緒です。
だからこそメイと母親の関係はもどかしいところがありますよね。
思春期の子供と親って何かと隠し事が多かったりとか、喧嘩しがちなところがよく描かれていると思います。

一方友達は、メイがレッサーパンダになるのを「可愛い」とか「すごい」「面白い」と歓迎します。
メイはそんな友達の態度に安心感を覚えます。
どんな自分になっても友達として受け入れてもらえる。そう確信したからです。
とはいえ友達とは喧嘩や意見の食い違いだってでます。そんなときもお互いにぶつかったりしても、お互いに心から反省と謝罪をして仲直りする。
そういう関係でいられること、自分が嫌な自分も知られていたうえで受け入れてもらえることは自信になるのです。
大好きな友達に「レッサーパンダになってからのあなたが好き」と言われたら嬉しくて泣いちゃいますよね~。

あと個人的にすごく好きだったのはメイと友達がオタクなところ!!!
13歳って好きなアーティストとか出会う時期で、それってだいたい親に「くだらない」って一蹴されるじゃないですか。
それでも好きな気持ちは止められないし、好きな人との恋愛を妄想だってしたいし、そうやって黒歴史を量産していく時期ですよね13歳。
そこがめちゃくちゃリアルに描かれててすっごく好きでした。

私にもありましたもんね。意味不明な詩を書いたり、なぜかBLにハマってちょっとヤバめのイラスト描いたり←

そういうのを共有して、好きなものが同じなら仲間じゃん!!!
みたいなノリで生きてるの本当にオタクならでは(同担歓迎のスタンス)で懐かしくなりました。

『私ときどきレッサーパンダ』まとめ

私ときどきレッサーパンダ』の魅力、少しは伝わったでしょうか。
映画作品としてとても面白くて可愛らしいのもそうなのですが、今回は制作現場もいつもとはちょっと違う異例のものだったそうで。
なんと現場のリーダーたちの殆どが女性なんです。そして今までそんなことはなかったと。
13歳の女の子を経験してきた人たちが制作に携わっていて、皆の経験が活かされている作品なんだと思うと感慨深いですよね。

そして制作現場のドキュメンタリーが同じくDisney⁺で『レッサーパンダを抱きしめて』というタイトルの作品として配信されています。
私ときどきレッサーパンダ』を観た人には、このドキュメンタリーも是非観て欲しい。
制作がどんなに大変かというのもそうですが、すごく皆さん楽しそうで、ライフステージの変化がある人もいる中で信頼関係を築きながら協力して作られたから温かい物語になっているんだなぁと分かります。

本当に配信だけでしか観れないのは残念ですよ。
大きいスクリーンで観たかった。
劇中でライブシーンもあるので絶対映えたと思うんですよね。

今年のベストに入る勢いで好きな映画になった『私ときどきレッサーパンダ』!!
必ずBlu-rayもゲットしたいと思います。

余談ですが、Disney⁺で配信されている『bao』という短編は監督ドミー・シーの作品です。
7分という短さなのに親のエゴや子供の反抗期など、親子関係を見事に描いているので加入されている方はお見逃しなく!!