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映画『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』ネタバレ感想 二人が海で再会した理由を考察

映画『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』ネタバレ感想 二人が海で再開した理由を考察

こんにちは、映画大好き関西OLのめぐみ(@megumi_no)です。

アニメもNetflixで大ヒットした『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の映画を観てきました!
そう、四回観てきました。
ちゃんと特典ももらって大切に保管しています!!
そして四回観ても毎度開始十分で泣く始末…

アニメを視聴していた人と、映画で初めて『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』に触れた人では少々感想も異なると思いますが、これについては賛否両論あるでしょう。
あとはご覧になった方は皆さん不思議に思ったはずの劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』にモチーフとしてが沢山出てきた理由についても考察していきます。

これ以降はネタバレを含みます。
『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』をまだご覧になっていない方はご注意ください。

『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』物語の構成

劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』はアニメ版に引き続き、ヴァイオレットが自動手記人形サービス(通称ドール)の仕事を通して成長していく様子を描いています。

しかし今作は締めくくりの劇場版。
いつものアニメ版と異なるのは物語が三部構成になっていること。

1.アニメ10話に登場するアンの孫、デイジーの物語
2.病に侵されたユリスの物語
3.少佐(ギルベルト)の物語

この三部構成は主人公ヴァイオレットにとって、そして観客の私達にとっても非常に重要です。
この3つの視点を持って鑑賞するとはっきりした世界が見えてくると思います。

また、アニメシリーズから継続して描かれているのはどのパートでも
手紙というツールの特別さです。
そこはやはりブレないところですよね。

それでは、それぞれの物語がヴァイオレットに与えたものそして観客に教えてくれることは何か考えていきましょう。

デイジーの物語

デイジーの物語は簡単に言うと、語り手であると同時に観客自身でもあります。

『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』はアニメ版に続く物語です。
ただしそれと同時に一本の独立した映画作品という一面も持っています。
この二つを可能にしているのがデイジーの存在なのです。

デイジーはアニメ十話に登場するアンの孫娘に当たります。
アンが葬式の後の家族の様子から物語は始まります。
正確にはデイジーが何歳かは示されていませんが、一人で旅を出来るところから見てとると大学生くらいでしょうか?
デイジーは自分の両親に対してつい反抗的な態度を取ってしまいます。
そして、そんな態度しかとれない自分をいつも悔いている。

そんな中、アンに届き続けた曾祖母からの手紙を発見しヴァイオレット・エヴァーガーデンの存在を、そして自動手記人形という職業について知ることになるのです。

このことからヴァイオレット・エヴァーガーデンに興味を持ったデイジーは、ヴァイオレットの半生を追うようにライデンへと向かっていくのです。

デイジーが得たヴァイオレットの情報を語ることで新規の観客にもヴァイオレットがどういう教育を受けて、どんな仕事をこなしてきたかがわかるようになっている訳ですね。

まあ既存のファンからしたら
「もう何度も観たよその回想シーン」
という感じでしょうが。

あの大感動の十話アンの孫娘というところで一応ファンサービスにも応えているということでしょう。
私は四回とも律義に開始十分で号泣してますから。
まんまと策にはめられている訳です。

デイジーの視点は語り手の視点。
これを頭に入れて観ると話が分かりやすくなるのではないでしょうか。

ユリスの物語

ユリスは幼くして病を抱え死ぬ運命にある、ヴァイオレットの顧客です。
彼のパートが一番ヴァイオレットの人間らしさが垣間見れるところかもしれないですね。

ユリスの物語はアニメ版と同様、顧客としてヴァイオレットの成長に寄与する役割があります。
『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』においてヴァイオレットの一番の成長は“指切りの約束”を覚えたことにあると私は考えています。
あとは後々ヴァイオレットの代名詞(?)ともなる親指を立てるグッドサインとか…。

今までヴァイオレットはずっと少佐の命令に従っていました。
彼女を突き動かすのは少佐の
「君は生きて、自由になりなさい」
という命令。
あとは「愛してる」を知りたいという心。
そしてその次に辛うじて自分の意思があります。

ユリスと指切りの約束をしたことで、ヴァイオレットの中で今までの命令とは違う、対等な契約という概念が芽生えたのです。

あとはCH郵便社のアイリスとヴェネディクトに活躍の場を与えるパートでもあり、新しい技術(ここでは電話)を否定しないという意思表示の場面でもあります。

ギルベルトの物語

今までヴァイオレットがやってきたことの全てがこのギルベルトの物語に繋がっているといっても過言ではありません。
ヴァイオレットは少佐の「愛してる」が知りたくて自動手記人形になりました。
そして「愛してる」を知りました。

今度はヴァイオレットが「愛してる」を少佐に伝えなければなりません。

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は「愛してる」を知る物語ではなく、「愛してる」を貰って「愛してる」を知った少女が「愛してる」を伝える物語なのです。

そしてヴァイオレットが行間をも読めるほどに成長したという姿を見られるパートにもなっています。

『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』海の考察

劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』では冒頭から最後まで海に関する演出が多いです。

海に関する演出は大きく分けて三つありました。

1.海への讃歌
2.エカルテ島の儀式
3.少佐とヴァイオレットの再会

これだけ海が執拗に出てくると、これは何か意味があるよなぁと思いますよね(笑)
でも映画は二時間半近くもあって三部構成になっているので、ちょっと考える要素が多すぎます。
きっとなんとなく意味合いはつかめても、読解していくことは一度見ただけでは難しいのではないでしょうか?
私は四回しっかり観たので、かなり私見も入りますがそれぞれ海はどんな存在として描かれているか考察していきたいと思います。

海への讃歌

イルマ・フェリーチェが読み上げる海への讃歌ですが、少々長いので手元に絵コンテがない以上こちらに記載するのはやめておきます。
代わりに海への讃歌をもとにした『命の泉』という楽曲を紹介します。

>>『命の泉』の歌詞をみる

劇中の海への讃歌と少々違いはありますが、言いたいことはこの歌詞のほうが分かりやすいですね。

海は生きとし生けるものの始まりであり終わりでもある。
海は私たちに愛を注いでくださる。
そんなあなたと共に生き、そして死んでいきます。

そんな優しい愛の歌なんです…。

ヴァイオレットは劇中で
「海は人格がある訳でも、讃えるべき功績も宝石もない。」
と言っています。

それでは何に例えるのか、そう考えた結果が命そのものであり、そこには愛が絶え間なく存在する。
その答えに行きつくのです。

ちょっとヴァイオレットが素晴らしすぎる仕事をしたせいで、凡人の私たちではこの海への讃歌どこがすごいのか理解するのに時間がかかると思うんですね。
でもやっぱりラストのシーンで二人が結ばれるのは海でなくてはならなかった理由はここにあるんですよ。

ストーリーボード(絵コンテ)が十二月下旬に届く予定なのでここは後々追記させて頂きますね。

エカルテ島の儀式

エカルテ島でヴァイオレットの書いた海への讃歌が読み上げられる場面ですね。
本来は港町として繁栄を願うための歌ですが、エカルテ島では死者を弔う儀式になっていると。

そもそもエカルテ島は敵国の支配下にいてライデンと戦っていたわけですよね、そして戦後は独立した。
そんな国がなぜライデンの海への讃歌を弔いに使用しているのか?
ちょっと不思議ではありますよね。
地理的に近いからってことではあると思いますが、それだけなのかは謎です。

このエカルテ島での儀式は海の死の側面を強く出したものになっている。
とても悲しい儀式ですね。
そしてエカルテ島にいる少佐はホッジンズに
「ギルベルト・ブーゲンビリアはもう死んだんだ。」
と言い切ります。

エカルテ島では自身のことをジルベールと名乗っていますね。
つまり少佐がギルベルト・ブーゲンビリアとしてヴァイオレットに対峙するには死んだはずの自分を復活させなければなりません。

命が生まれ、育まれ、還っていく場所が海ならば、ギルベルトの復活も海でしかありえませんよね。
これが再会のシーンに続く意味だと思っています。

少佐とヴァイオレットの再会

初見では衝撃のヴァイオレットちゃん船から海へ飛び込み事件です。
だってもう船は岸から大分離れてましたけど?!!!

ファンに向けた七話オマージュという面もあるかと思いますが、貴女は義手なんだしちょっと無謀にもほどがあるぞ…。
なんて思ってしまいましたが、そこは訓練されたヴァイオレットちゃん。
ちゃんと岸まで泳ぎ着きますね。(それでいいのか?)

2人が海の中で再会しなければならなかった理由は三つあると思います。

●二人が戦争によって負ったヤケドと炎の鎮火
●愛のあふれる場として
●ギルベルトの復活

ヤケドと炎の鎮火のための海

これは比喩表現ですが、アニメでホッジンズがヴァイオレットに言った言葉から意味は分かります。

「君は自分がしてきたことで、どんどん体に火がついて
燃え上っていることをまだ知らない。」

「いつか俺が言ったことがわかるときがくる。
そして初めて自分がたくさんヤケドしていることに気づくんだ。」

自分がしてきたこと
→戦争で人を沢山殺したこと、ヴァイオレットを道具として使ったこと

燃え上っている
→自分の行いを後悔しているということ

ヤケドしている
→後悔が自分から消えることがない心の傷となること

『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』では冒頭でライデンの市長との対面時、ヴァイオレット自身が軍人だったとき沢山の人を殺したこと、そして沢山の人が死んでいったこと、その結果今のライデンや世界があることを理解し話しています。
彼女は自分が燃えておりヤケドしていることに気づき、それを受け入れたうえで何とか前に進もうとしているのです。

一方でギルベルトは未だに燃え続けており、ヴァイオレットと再会することで更にその炎は広がる恐れがある段階にいます。
自宅で湯を沸かす炎にずっと向き合っているのは少佐が燃えているということですね。
そしてヴァイオレットも少佐がそのような状態にあることに気づきます。

自分を思い出すと少佐は後悔の念に苛まれる。
だから自分は少佐と会わないほうがいい。

そんなヤケドを負って、なおも燃え続けている二人を鎮火するのが海です。
二人が海に浸かることによってお互いの燃えている炎を抑える必要がありました。

愛のあふれる場としての海

『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』でヴァイオレットの書いた海への讃歌。
その一節に

あなたは愛を注いでくださる。

というフレーズがあります。

『命の泉』にもあるように海は愛で満たされているのです。
それは生と死を司り、全ての生物が還っていく場所として……。

戦争で血塗られた地上ではなく、生と死を内包し愛で溢れた海に浸かりながら再会する二人。
演出としても月光に照らされた水面と二人は本当に美しかったですよね。

”愛”の象徴として海を持ち出してきていると考えると、もうこの上なく最高の再会だったと思います。

ギルベルトの復活の場

復活というと大層な感じになりますが『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』では十字架や教会などキリスト教的なモチーフが演出で使われているのでそこまで違和感はないのでは?

戦争の終結を機にギルベルトは自身を死んだことにして、新しくジルベールとして生きていくことにしています。

それではヴァイオレットと海で再会したのはジルベールとしてでしょうか?ギルベルトとしてでしょうか?

当然ギルベルトとしてですよね。
その意味において生と死を内包する海によって、ヴァイオレットに「愛してる」を伝えたときのギルベルトが復活するのです。
世の中にはもう存在していない、死んだとされているギルベルトとして復活しヴァイオレットに向き合うのです。

確かに海でのシーンはヴァイオレットの手紙を受けて、ギルベルトがそれに答える場面です。
でも、それだけじゃない。
二人は戦地で生き別れたあの時、ヴァイオレットは両腕を失って、少佐は右腕と右目を失って、ヴァイオレットに「愛してる」を与えたあの時の続きをしているのです。

ちなみにキリストの復活は肉体も復活すると言われていますが、今回の場合は二人はあくまで続きをしているので肉体は復活しなくてOKと考えています(笑)
ついでに言うとヴァイオレットが少佐に義手の腕を回さないのは、あの時のヴァイオレットには両腕も義手もなかったからじゃないでしょうか?

そして劇中に出てくる情報で察すると、少佐が咲いているパンジーを見て「ヴァイオレット……。」と呟くシーンもあるので元来春に割くパンジーが咲いている四~五月ごろと考えるのが妥当です。
キリストの復活祭は基本的に「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」となっているので季節的にも復活という言葉を使っても差し支えないのではないでしょうか?

そう考えるとますます二人の再会は海しかありえないよなぁという感じですよね!!

『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』感想

『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の感想としては既存のファンからしたらもう大満足ですよ。
何よりヴァイオレットちゃんが幸せそうに笑ってくれている。
そんなラストでもう本当にうれしいです。

二人の背後の窓硝子の格子が十字架に見えて、教会で結婚式挙げてるっぽく見えるんですよね。
エンドロール最後までみて良かったぁと幸せな気持ちで終われるの。
(地味にホッジンズからもらった犬のぬいぐるみちゃんと持ってきているのも可愛かった)

でもちょっと納得できないとことか、逆にここの演出にくいなぁと思うとこ沢山あったので一つずつ語っていきますね。

CH郵便社のキャラクターたちの活躍

『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は主人公は言わずもがなヴァイオレットですが、ヴァイオレットの所属するCH郵便社のキャラクター達もちゃんと劇場版でも活躍してくれています!

ホッジンズはヴァイオレットの父親の代わり兼雇用主として。
カトレアはヴァイオレットの母親の代わり兼先輩として。
ベネディクトはヴァイオレットの兄の代わり兼同僚として。
アイリスはヴァイオレットの姉の代わり兼ライバルとして。
(ちなみにエリカはヴァイオレットの妹分という感じでしょうか)

CH郵便社の人にはヴァイオレットも素を見せて受け答えしているように見えますよね。
そしてアニメ版から見ていた人なら、彼らの活躍も観たいはず。
そんな期待に応えるように、ちゃんと見せ場があるのは本当に憎いなぁと思いました。

ホッジンズの役割

ホッジンズは明らかにヴァイオレットの親代わりです。
カトレアとのシーンで
「俺に子供が出来るなら女の子は神経がもたない。」
とヴァイオレットのことを指して言っていますし、エカルテ島では子供にカマキリの死骸を見せられて
「男の子も心臓が持たんな……。」
とも言っています。

まあ、どちらにせよ繊細で過保護なお父さんって感じですよね。
ベネディクトにもヴァイオレットにも直接過保護だと言われてますし(笑)

そんな親目線でヴァイオレットを見てきたホッジンズにしたら、ヴァイオレットがあれだけ慕っていたギルベルトが生きていたことや、彼がヴァイオレットに会わないことはとてもショックだったに違いありません。

その衝撃がギルベルトを訪ねてドアをノックしたあと九十度回転するカメラワークで上手く表現されています。

ヴァイオレットが直接訪ねていっても頑なに会おうとしないギルベルトに対して
「おーーーーばかやろぉぉーーーーーー!!!!」と罵声を浴びせてます。
私はここで「そうだ!ホッジンズ!!!!もっと言ってやれ!!!!!」と思ってました。

何気に電波塔完成の花火とき、いつものように
「ヴァイオレットちゃん」
と隣にいるはずもないヴァイオレットに話しかけてしまう姿には、ついうるっときてしまいましたよね。
(音は入ってませんでしたが、絶対ヴァイオレットに呼び掛けてましたよね。)

カトレアの役割

カトレアは母のようにヴァイオレットやアイリスを見守り的確にアドバイスをする立ち位置にいます。
ヴァイオレットの初仕事(ドロッセルとフリューゲルの恋文)にも一枚絡んでいたように、結構重要な存在なんですよね。

過干渉になりがちなホッジンズの傍でストッパーとしての役割を担い、ヴァイオレットが路頭に迷いそうになると助言をする。

『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』では少々出番が少ないように思えましたが、不機嫌な声で電話応答をするアイリスに対して
「表情は声に出るわよ。」
と的確な注意をしたり、
いざ少佐と会えるかもという段になってうろたえてしまうヴァイオレットに
「道程は長いんだし、今の気持ちを手紙でも書いてみたらどうかしら?」
と提案をしてくれます。

カトレアさん。服装は際どいですが凄く優しくて上品なキャラクターで大好きです。
本当によくできたお母さんになりそう。

ベネディクトとアイリスの役割

ベネディクトアイリスをまとめてしまいますが、彼らはヴァイオレットにとって同僚であり純粋に仲間である関係です。
アイリスに関しては売れっ子のヴァイオレットに対してライバル心を燃やしていますが(笑)

ヴァイオレットはユリスと二つの約束をしました。

●ユリスが亡くなったその日に手紙を渡すこと
●リュカ宛の手紙を書くこと

エカルテ島で嵐に巻き込まれてライデンに帰れない。
そんなヴァイオレットの代わりに動くのがベネディクトとアイリスなのです。

まあ、ベネディクトはほぼ手紙運びとリュカのお迎え運転手としてですが…。
彼の場合はホッジンズの唯一の男性部下という立ち位置もあるので良しとしましょう。

アイリスはヴァイオレットの代わりにユリスの所に行ってリュカ宛ての手紙を書くことになります。
しかし、殆ど喋る気力がないユリスを前に代筆が進まず自分の無力さを痛感します。

アイリスは世界一優秀な自動手記人形になることを夢見ています。
それでも手紙が今後古い技術になることを実感して、自分の職を失うかもしれない焦りや電話への微妙な気持ちを持っているということが前半で描かれていますよね。

そんなアイリスがユリスがリュカに「今伝えたいことを、今伝えること」を優先した結果、病院の電話とリュカの家の近くの家の電話を繋げるという行動に出ます。
このアイリスの機転のおかげでユリスはリュカに「ごめん」と「ありがとう」を伝えることができます。
リュカの「僕たちこれからもずっと友達でいようね。」という言葉はもう涙なしには聞けませんよね……。

ベネディクトとアイリスのこの行動がヴァイオレットに
「今自分が伝えたいことをその人に伝えること」
がどんなに大切か、刹那的なことかを教えてくれるのです。

このエピソードがなければヴァイオレットは少佐にあの手紙を書けなかったんじゃなかなぁ。

納得できないこと

すごい小さいことなんですがいまいち納得できないことがあるんですよ。
前半のお祭りの日にベネディクトが
「祭りといえば焼きそばだろ?!」
って言って焼きそば買ってくるんですよ。

その焼きそばが紙袋に入ってるんですね。

ちょっと待って。
日本なら確かに祭りと言えば焼きそばだよ。
でもライデンってテルシス大陸の一つの国で公式サイトには
気候的には夏は高温多湿で冬は温暖少雨
と書かれているんですよ。これ日本の気候ではないと思うんですよね。

確かに世界各地に焼きそばは存在していますが、どういう焼きそばを想定していたのか…。
世界観設定の鈴木貴昭さんに聞いてみたい。
せめてフランクフルトとか洋食か横文字のものだったら引っかからなかったと思います。
フォロワーさんでも疑問に思ってる人いたので、同じこと思った人いるんじゃないかな。

『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』まとめ

劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』はアニメ版からの続きものということもあってかなり尺が長くなりました。
そのせいでアニメを履修済みの多くのファンは何度も観た回想シーンなど中だるみするなぁと思った人もいるでしょう。

私はこの作品に対してすごく評価が甘いです。
なぜなら、昨年受けた京都アニメーションの打撃を考えると『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』が完成したという事実だけで感謝がいっぱいだから。

多くの将来有望な従業員・クリエイターを失ってもなお作品を完成させてくれた。
親しい人の死に一番触れたであろう人達が、『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』でユリスの死をあんな穏やかに描くなんて……。
そして、「今この瞬間にしかいないかもしれない人」に気持ちを伝える大切さ、しかも手紙という極めてアナログな手法を用いることで素直になれること。
それを描いてくれたということを考えただけで、もう、辛いほど泣けるんですよ。

今はコロナも拡大している中で、ロングランヒットを飛ばして、特典も沢山つけてくれて。
もう本当に感謝しかないし、これからも京都アニメーションの作品を追いかけていきたいなと改めて思った作品になりました。

アニメ版を見ていない人はNetflixで全話&外伝まで配信しているので是非見てください。
そして『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』気に入った人は、京都アニメーションへのお布施とおもって円盤購入しましょう!!!!
もちろん私も買いますよ!!