『ミッドサマー』はアリ・アスター監督の恋人に振られたという経験に着想を得た物語です。
それと同時に製作側から「スウェーデンを舞台にしたホラー映画を作って欲しい」と頼まれたことから本作の製作に至りました。
こうした経緯から、『ミッドサマー』はスウェーデンおよび北欧の神話や風習を徹底的に調べて作り込まれています。
正直見ている最中に北欧神話との紐付けをする余裕はありません(笑)
ぜひ映画を観に行かれて、その後でネタバレをお読み下さい。
今作でアリ・アスター監督作品に目覚めた人は『ヘレディタリー/継承』も見てみると、監督の思想がより理解できるでしょう。
この記事は以降ネタバレを含みます。
ディレクターズカット版の考察も追記しました。
目次
ミッドサマーの考察・感想
ミッドサマーはとても考察しがいのある映画です。
実はオープニングで映る壁画で、ストーリーは全てネタバレしています(笑)
しかし、あまりにも細かく映る時間も短いので理解できません。
それ以外にもホルガ村の建物には北欧モチーフと思われる壁画もありました。
今回は細かすぎて初見では伝わらない、北欧の文化に着目していきます。
『ミッドサマー』の感想・考察のポイントはこちら。
●スウェーデンで行われるミッドサマーとの比較
●熊の伏線について
●魂と死者の扱い方
●学生の仲の悪さ
●ディレクターズカットで追加された場面
スウェーデンのミッドサマーの風習
スウェーデンでは6月の夏至に近い金曜日にお祝いをします。本来はキリスト教のお祭りです。
実際のミッドサマーでは何をするのか?
使っているものにはどんな意味が有るのか?を解説します。
●メイポールとメイクイーンの意味
●メイポール・ダンスについて
●食事について
●恋愛のおまじないについて
メイポール・メイクイーンの意味
映画『ミッドサマー』に出てきたメイポール。
スウェーデンではマイストングなどと呼ばれています。
マイ=白樺の葉で飾ったもの
つまり、白樺の葉と季節の花々で飾ったものがメイポールなのです。
なのでメイクイーンも「白樺の葉の女王」といったところでしょうか。
以下は公式のネタバレです。
他の国では5月の女王という意味で「メイ・クイーン」になるようですね。
いろんな国の風習混じっているのが分かりますね。
(略)5月1日の祝日「メーデー」(May Day)の日に、イングランドやカナダのブリティッシュ・コロンビアでは、この祝日のお祭りで「メイ・クイーン」に選ばれた若い女性が、処女性のシンボルである白いガウンを着て、花飾りのついた冠をかぶってお祭りのパレードの先頭を歩く。また、若さと春を祝う「メイポール・ダンス」の前にスピーチを行うという。(略)
引用元:『ミッドサマー』公式サイト
メイポール・ダンスについて
ダニーがメイポールの周りでホルガの女性たちと
ダンスを踊ります。
映画ではメイポール・ダンス(そのままですね笑)と言われています。
実際はスモークロドーナというダンス。
老若男女がカエルの鳴きマネをしながら、飛び跳ねて回る可愛らしいダンスです。
食事について
スウェーデンのミッドサマーの食事はほとんどメニューが決まっています。
主食のじゃがいも、ニシンの塩漬けなど…
そして最後のデザートは決まっていちごです。
劇中でもアッテストゥパンの前の食事でじゃがいもが別皿に盛られています。
ニシンはメイクイーンが幸福を呼ぶらかと尾っぽから食べる決まり。
食事もかなり現実に近い素材が使われていますね。
流石に陰毛入りパンケーキなんかはありませんが、実は恋愛のおまじないがスウェーデンのミッドサマーにはあるのです!!!
恋愛のおまじないについて
恋愛のおまじないは映画にも出てきましたね。
●意中の人のベッドの下に木を置く
●陰毛入りパンケーキを食べさせる
●経血入りジュースを飲ませる
実際にスェーデンのミッドサマーでは夜に7種類の薬草を枕の下にしいて寝ると、将来の結婚相手を夢に見ることが出来るという言い伝えがあります。
劇中でもサイモンとコニーが質問をして恋のおまじないのタペストリーの解説を受けています。
その時に枕の下に薬草をしいて意中の人と結ばれる夢をみる絵があります。
マヤもクリスチャンの夢を見たのでしょうか。
『ミッドサマー』のマヤの寝床の枕元に草花が置かれていましたね。
現実のおまじないは可愛らしいですが、映画ではその先が恐ろしいですね。
ミッドサマー 熊の伏線を考える
ミッドサマーで一番注目して欲しいのは熊!!!
家族が死んで落ち込んでダニーはベッドに横になっていた場面で、壁には熊の絵がかかっています。
この絵はヨン・パウエル(Johon Bauer)の「哀れなクマさん(Poor Little Bear)」という作品です。
冠を被った少女がクマに口づけをしています。
この絵はまさにホルガ村での結末を暗示しているかのようですね。
壁画にも焼かれる熊が描かれていますし、実際に檻に入った熊も用意されています。
そして、最後にはクリスチャンを熊の中に縫い付けて焼いてしまうという…。
熊はフィンランドの国獣でもあります。
また、映画の中でも話に出てきたヴァイキングは熊を崇拝していましたし、戦士たちは熊の皮を着て戦ったとも言われています。
そういったいみでは熊は北欧文化において高貴な生き物ともいえるでしょう。
では、なぜ生贄に着せるのでしょうか?
それはクリスチャンがホルガに種を提供したからでしょう。
フィンランドでは実際に熊祭が行われていたとされており、熊祭は「婚姻」と呼ばれていました。
熊祭の内容は、
熊を殺し、頭蓋骨に酒をついで飲み、今後の狩猟が成功するように願うものです。
この祭の舞台では雌熊には花婿が選ばれました。
熊を縫い付けられるのは、ホルガに種を残した外来人。
つまり種の提供という意味で花婿となる為にやってきたクリスチャンに他ならないのです。
もしかしたら、種を残してくれてありがとうという意味もあるかも…?
シャーマニズム的な死者の扱いかた
ミッドサマーでは魂や先祖について多くのシーンがあります。
ホルガでは小さな共同体で、ある程度バランスの良い人口を保つために人の生死を調整しています。
ホルガの考え方は
●人間には四季があり72歳で終わる
●アッテストゥパンにより生まれ変わる
●老木に先祖の精霊が宿っている
北欧では「死者」ではなく「先祖」を祀る、先祖崇拝があったとされています。
崇拝の対象となるのは先祖全体。
子孫はその先祖達の仕事を続け、希望を叶えることに意味があるとされていました。
死者の埋葬に関わる儀式は、死者に対する別離・移行・一族の組織の再編成の儀礼とともに、残された人々の組織を再編成するために行われました。
アッテストゥパンの意味
アッテストゥパンという言葉は「崖」を意味します。
『ミッドサマー』をご覧になった方なら、儀式にぴったりの名前だと思われるでしょう。
72歳で生涯を閉じ、新しい生命として生まれ変わるとされているホルガ村でアッテストゥパンはどのような意味をもつのでしょうか?
ホルガのアッテストゥパンを含めたミッドサマーは、ホルガの再編成のための儀式です。
死者は新しい命として生き返る。
ホルガの人々にとって儀式で死ねなかったものは「可哀そう」だからハンマーで殴り殺すという過激な思想も、生きているものが先祖の仲間入りを果たすための手助けに過ぎないのです。
アッテストゥパンひとつとっても北欧の死生観が強く反映されていることが分かりますね。
学生同士の仲の悪さ
ダニーを含めた一行はいつもつるんでいるものの、仲が良いわけではありません。
今回の旅行もペレが外部の種をホルガにもたらすために「外国で性的な意味でのハメを外したい」と思っていた一行に目をつけました。
ジョシュは博士論文のためにホルガの文化の調査をするという目的がありました。
しかし、それも裏目にでてホルガに興味を持ったクリスチャンが題材の盗用をしようとしたことで仲に亀裂が入ります。
そもそも、研究者として大切な第一歩となる博士論文の題材をパクるという行為は常識的に考えてあり得ないことです。
クリスチャンは先に研究を進めていたジョシュを出し抜こうとまでしているのだから、ジョシュが怒るのも無理はありませんね。
この一行のバラバラ感が、より一層ホルガの共同体としての強い繋がりや共感を強調しているように思えました。
ミッドサマーのディレクターズカット版考察
『ミッドサマー』ディレクターズカット版の考察を追加しました。
DC版ではいくつかのシーンの追加と、モザイク処理の除去がありました。
そのためレイティングはR15+からR18+に上がっています。
【主な追加シーン】
●ホルガへ移動中の車内
●ホルガ二日目夜の儀式
●クリスチャンとダニーの喧嘩
ダニーの女友達
ダニーは妹からの不審なメール&クリスチャンの塩対応の時、女友達に電話しています。
クリスチャンから余計な助言を受けるより、女友達のほうが素直に自分の気持ちを吐露できているようです。
ディレクターズカット版で追加された車移動中のシーン。
誕生日の一日前にダニーは女友達からメッセージを受け取っています。
「一日早いけど、誕生日おめでとう」
わざわざ一日早く送ってくるのはなぜでしょうか?
きっとダニーのことを心配しているからでしょう。
家族を失って、クリスチャンとの仲も上手くいっていないなか異国で迎える誕生日。
普段の誕生日ならきっと楽しいものになるはずです。
しかし、今のダニーはとてもナーバス。
落ち込んでいる時は誕生日が憎く思えるものです。
誕生日の日にダニーが自殺でもしないか心配して、一日前にメッセージを送ってきたのではないでしょうか?
こんなに気にかけてくれる女友達がいながら、それでもダニーはクリスチャンへの執着を捨てきれないのです。
クリスチャンの博士論文問題
通常版ではアッテストゥパン後に突然
「俺もホルガについて博士論文書くわ」
とジョシュに宣言したように見えました。
しかし、ディレクターズカット版での追加シーンでその全貌が分かりました。
ジョシュは「The Secret Nazi Language of the Uthark」という本を持っており、
主にルーン文字について、そしてルーン文字にまつわる国や風習について興味を持っていることが分かります。
この本をみてダニーはクリスチャンに
「あなたの論文のテーマと似てるわね」
と話しかけます。
つまりクリスチャンはダニーに北欧文化に関する論文をかくというアバウトなテーマを伝えていたのです。
ただしクリスチャンの博士論文に対するモチベーションは低く、
ジョシュ曰く「博士課程にもなって、大学の電子図書館の使い方も知らない」程度のやる気。
それにも関わらず、八方美人なクリスチャンはホルガの人々に溶け込もうと取材に余念がないのです。
なんならジョシュよりも積極的に動いているのが怖い…。
そしてダニーが言うように、二人の論文のテーマが被ったのは必然です。
なぜならペレが皆に北欧文化およびホルガについて興味を持つように仕向けたから。
マヤにあてがうクリスチャンと、メイクイーンになるダニーを連れてくることに成功したペレ。
彼の審美眼と洗脳能力は最強すぎる説ありますね…。
池の儀式の生贄
池の主に生贄をささげる儀式の場面がDC版では追加されました。
この儀式は夏至祭のものではありません。
そのため通常版から削除された可能性もあります。
ここではまず最初に藁か何かに包まれた”何か”を湖に投げ入れます。
その後、「生贄が足りない」と言い子供が志願するもののダニーが止めに入り周囲が同調する。
それにより子供は生贄にならずに済む…という流れ。
この儀式は冬至に由来します。
画家カール・ラーションの描いた『冬至の生贄(Midwinter’s Sacrifice)』には北欧神話をもとにした内容が描かれています。
この絵の元になったのはウプサラの神殿についての儀式です。
神殿には泉があり、そこでは信仰者たちが生きたままの人間を生贄と捧げ鎮める。
生贄が浮いてこなければ願いが成就される。
というものです。
この絵に描かれている笛を吹く男は『ミッドサマー』にも出てきますね。
ウプサラの神殿もクリスチャンとジョシュが論文で言い合うシーンの背景に壁画が映り込んでいます。
以上のことから池での儀式は冬至に由来するものと考えられます。
そして、この儀式で犠牲になったのはコニーです。
通常版では最後に水死体のコニーがいきなり出てきて「なぜ?」となりますが、DC版でこのシーンが追加されたことで疑問が解決されました。
犠牲になった人々
『ミッドサマー』で犠牲になったのは、メイクイーンになったダニーを除く5人です。
ホルガのミッドサマーに参加した外部の者はもれなく殺される運命にあると考えられます。
ただし、ホルガには白人しか存在しません。
彼らは外部からの種も選別しているのです。
劇中でホルガの女性と接触した男性はマークとクリスチャンだけです。
一方でジョシュ、サイモンは接触していません。
そして彼らを殺すのもホルガ的には正当な理由があります。
●ジョシュは聖典を隠し撮りした
●マークは先祖の老木に小便をした
●サイモンとコニーは外部に戻ろうとした
●クリスチャンは聖典を盗んだ
最期の聖典を盗んだことに関してはクリスチャンがやったと明確にはなっていません。
ただホルガ村の自作自演でなければ聖典に興味を持っていたのはクリスチャンとジョシュだけなので、盗撮していたことろを殺されたジョシュが盗めるわけがなく、消去法でクリスチャンということになります。
ホルガ村からの犠牲も勿論ありまます。
アッテストゥパンの二人に加えて自主的に二人名乗り出ています。
彼らは責任を感じて名乗り出たのではないでしょうか。
●イングマールはホルガに利を提供できなかった
●ウルフは老木を守れなかった
ホルガ村に対して利をもたらせなかったこと、守り人として失態を侵したこと。
自分の役割を全うすることを求められるホルガで、二人は役割を全うできなかったと言えます。
人数がぴったり9人になるのが都合よすぎる感じもしますが、
ホルガ村なら無理やり数調整をすることもたやすいように感じますね。
ミッドサマー考察・感想 まとめ
映画『ミッドサマー』の考察・感想はいかがでしたか?
ディレクターズカット版と通常版で印象が違ったかと思います。
では90年に一度の夏至祭としてダニー達の参加した祭は催されていました。
実際にはそれは呼び込みの文句で毎年開催されているのではないかと考えられます。
壁に飾られているメイクイーンの写真は40枚程。
そのうち白黒とカラーが半々。
ホルガの儀式を外部に持ち出さないためにフィルムではなくインスタントカメラを利用しているとして、1960年からカラーがインスタントカメラに導入されたこと考えて、すぐにホルガ村に入ってくることは難しいと思うので時差を考えても一年に一回開催の線が妥当と思われます。
ディレクターズカット版ではホルガ村二日目の夜のダニーとクリスチャンの喧嘩の場面が追加されており、より恋愛映画の体を増しています。
ダニーのすることすべてが自分を批判しているように見えているクリスチャンと、心の奥にはそんな気持ちがあるものの実際の行動には出していないので困惑するダニーという関係がよりリアルになりました。
ダニーがメイ・クイーンになったのは偶然かもしれませんが、クリスチャンの浮気を目撃し崩れ落ちた時のホルガの女たちの共感能力は確実にダニーを救うきっかけになりました。
冒頭にはダニーの家族があっけなく亡くなり、後半ではホルガという家族のような共同体がダニーを救います。
この映画では家族、または家族的なものに対する嫌悪が感じられます。
アリ・アスター監督はどうやら家族という共同体が嫌いなようですね。
映画『ヘレディタリー』でも家族の崩壊とカルト宗教を描いています。
ホルガの住人はどこか奇妙で怖いですし、ダニーは一人の人間として生き返ることができましが、それは偽りの家族によってです。
家族は一つの宗教になり得るのです。
親の思想は子供の思想に影響を与える。
一般的にみると異常な思想でもそれが個人にとって救いにもなる。
主観的な救いは必ずしも周囲から祝福されるわけではないけれど、ホルガではみんなが祝福してくれるという共感の構造は女性ならではの感性なのでしょう。
男女で感想が違うのは共感を重視するか否かと関係があるのかもしれませんね。
ついに、ついに『ミッドサマー』の円盤が発売されました!!
これで何回でも見返すことができますよー!!!!!
『ミッドサマー』の考察ポイントはまだまだあると思うので、是非映画を見返して映画『ミッドサマー』への理解を深めましょう!!