邦画

【レビュー】ある船頭の話 【オダギリジョー監督の目指す日本映画】

  • 映像が綺麗
  • 音響が立体的
  • 普遍的なテーマ
  • 説明や理屈が多い
  • 蛇足感のある設定

目次

オダギリジョー監督の本気

10年以上温めつづけた企画

オダギリジョーがついに長編映画監督としてデビューした。

元々監督志望であったことはよく知られており、今までに短編やドラマなどの監督作品があるが本作が長編映画初監督である。

また、初監督にしてヴェネチア国際映画祭ベニス・デイズ部門に正式出品されるという偉業を成し遂げている。

10年前に構想を練っていたが監督業をしばらく休んでおり作品として実現するまでに時間がかかったという。その背中を押したのがクリストファー・ドイルだ。

実際にこの映画はクリストファー・ドイルが撮るとしたら…という前提の上に成り立っているといっても過言ではないと鑑賞後に感じた。

その他にも衣装がワダエミ、音楽がティグラン・ハマシアンと豪華な顔ぶれである。

監督が作品を温めてきた10年間で築いてきた人脈が活きてきているスタッフィングなのだろう。

ここまで豪華スタッフで固めて、監督は撮影に入って最初の一週間で口内炎を20個作ったというのだから、プレッシャーとストレスは相当のものだったのだろう…

ヒットだけを狙わない作品

ガチガチにヒットを狙った作品とは対極にあるのがこの『ある船頭の話』である。

なんといっても主演は柄本明という超渋いキャスティングだ。そしてほぼ全部のカットに登場している。

更に前半は船頭トイチの一日を描写しており、殆ど船が行ったり来たりする、船上での会話、食料調達の釣りと食事という動きがメインで一日をゆったりと感じる構成になっている。そのため、刺激の強い映画に慣れている人は物足りなく感じるかもしれない。

一方で昔ながらの日本映画を見慣れている方には、どことなく懐かしさを感じる映画だと思う。自然と人を相手にした日常の中にある非都会的な時間の流れを身体で体験することが出来る素晴らしさがある。

おすすめポイント

どこをとっても綺麗な映像

かなり横に広いフィックスされた画角で撮られた映像は、世界としては川を挟んだ対岸という狭い世界なのに、雄大な世界に見える。

森はとても深く、川は時間によってきらめいたり、赤く染まったり、黒い濁流のようにも映る。少女の洋服がそれらの自然の中に異彩を放ってポツンとある。

特に川の明け方青色と霧のシーンが息を飲むほど美しく、ロケ地は外国なのか?と思った程だった。実際は新潟と福島で撮っているとエンドロールで知って、「こんなに壮大で荒々しく美しい自然が日本にあるのか」と衝撃を受けた。

どこを切り取っても絵になるとはこういうことだなと観ていてほれぼれするので、ぜひ映画館の大きなスクリーンで観てほしい。

音響が瑞々しく立体的

私たちは映画館で船頭であるトイチが船を操作する「ぎこっぎこっ」という木の擦れる音を聞きながら、橋を建設する「カーンッカーンッ」という人工的な音を遠くに耳にする。土砂降りの雨のシーンでは風の音と雨の音が周囲を取り囲むように聞こえる。

こういう異なる音の立体感が映画館の5.1サラウンドでめいいっぱい表現されている。だからこそ普段は感じることが出来ない自然の中に身を置いている感覚になることが出来るのだ。

音響にこだわっている映画は映画館で観るに尽きる。きっとテレビやパソコンで観たのではこの音の良さは伝わらないだろう。

普遍的なテーマ設定

私はこの映画の英題They say, “Nothing stays the same”が根本のテーマだと感じる。

橋が出来て便利になる。便利になると船頭の仕事を失うことになる。川が汚れてホタルが現れなくなる。少女は「橋よりホタルがいい」という。トイチもそう思っている。

近年は世の中がとてつもない速さで移り変わり、便利になっている。それと同時に何が失われているのか私たちは余りにも鈍感なのではないだろうか。

一見すると橋を嫌ってホタルを愛する二人は現状を維持しようとしがみついているように見えるかもしれない。
しかし、私には二人が未来と現状を直視し変化を受け入れるための準備をしているように見えた。

自然の美しさだけではなく恐ろしさを知り、自分が自然から享受してきたものと、便利さと引き換えに失うものを知っている。
それはホタルだけでなく人間らしさといわれるものも含まれているということを感じていたからこそ容易に時代や周囲に流されるわけにいかなかったのだろうと、最後の川を流れる船をじっと見つめながら想像してしまった。

総評

評価が分かれる作品

蛇足と思われる川の精霊の設定やナレーションもあれど、素朴で美しい日本映画だと私は思う。

そして観る人によって、「凄くいい!」という人と「全然ダメ」という二つの意見にぱっくり分かれる映画であることは間違いない。

今の時代にわざわざ考えるテーマではないと思われる可能性はあるが、私は今の時代だからこそ考えるべきテーマであり、観るべき映画であると感じた。

特に音響と映像美は誰が見ても文句はないと思うので、映画館で観てほしい。逆にソフト化されたものを自宅で観てもこのブログで言いたい魅力は伝わらないと思う。

草笛光子さんの出演シーンが個人的に一番好き。